100業種100業態「働き方」は様々である。

我々が見つけた答えは1つ。同じ働き方は存在しないということ。
だからこそ、働き方を見つめることから始めるのだ。

建物が生まれ変わるということ。それは、街が生まれ変わることと同義です。自分の街にひとつでもカッコイイ建物が増えるのは、誰しも悪い気はしないもの。感度の高い学生なら、通学時にわざわざその会社の前を通りたくなってしまうかも。
そう、「デザイン」とは、周囲をも巻き込んでしまうポジティブなパワーを内包しているのです。刺激を受けたその学生が、数十年後にもっとカッコイイ建物をつくるかもしれないと思ったら…ワクワクしませんか?

オフィスに名前をつけてみる。それは、ビル名とも社名とも異なる、オフィス空間そのものに名づけられる存在意義です。
企業が築き上げてきた様々なコトが「集結・連携・融合」する場所。そして、ここから新しい歴史の1ページが刻まれる場所。
オフィス自らが名乗りをあげ社会へコミュニケートするような拠点となるように、私たちはコンセプトを大切にしています。

“自由”な社風は風通しの良さを感じます。“自由”と言っても、時間や約束を守らなくてよいだとか、身だしなみに無頓着でよいというワケではありません。しがらみの無い環境の中でお互いが刺激しあい、「面白いことがあるならやってみようよ」と、協力しあえる人間関係がキープできるからこそ生まれる“自由”なのです。
みんなの個性も、時に褒め称え、時にダメ出しする。それはすなわち、「アイデアの解放が自由」ということでもあります。

家族を顧みない人間は、クリエイティブではありません。自分のよき理解者たちをおろそかにするような人間が、クライアントに満足して頂けるような仕事ができるとは思えないからです。だから、スタッフ一人ひとりのプライベートは尊重するべき。
みんなのライフスタイルが充実したものになれば家族は嬉しいですし、会社にとっても嬉しいことです。まあ、あんまり遊び過ぎなのは困ってしまいますが。

このままでいいのか? 疑うことは、「何か」の始まりでもあります。“ギモン”を抱くスタッフのいない会社は平和かもしれませんが、それ以上の成功は得られないでしょう。現状維持は大切なこと。ただ、大人になるにつれて知識と経験が足枷となり、思い切ってジャンプすることを躊躇させてしまいます。
ほら、たまには「冒険」してみませんか。極端な話、昨日出会ったばかりのアーティストに仕事を依頼してみたり、自分の大好きな人に力を貸してもらったり。そうして、お互いがドキドキしながら仕事ができるのなら、これほど幸せなことはありません。

「プロ」って、なんでしょう? ひとつの職業を何十年も続けていれば、いつの間にか「プロ」なのでしょうか? 私たちは、絶対にそうは思いません。どんな関係であれ、礼儀を知らない人や挨拶のできない人、平気でウソをつく人は簡単に信頼を失います。クリエイティブの分野でもそれは同じことで、スキルがあるのは当然。どんなにセンスやアイデアに長けていようが、最低限の秩序やルールが守れない人とは、お互いに気持ちのよい「ものづくり」をすることは難しいでしょう。私たちは、どんなに日々の仕事に追われようとも、人として大切なことは忘れずにいようと心掛けています。

若手クリエイターたちのバック・アップを目的に、そして、ここでのコミュニケーションから生まれる新たなクリエイションに期待を寄せたリアルコミュニティ。そこはいつしか多種多様な活動家が集まる、クロス・コミュニティの場へと広がりをみせています。 空間をつくる。すると時に、思いも寄らない展開が生まれるから面白い。空間をつくるとき、私たちは、そこに集うヒトや生じるコトへの意識と期待を決して忘れません。

私たちは、請け持つすべての仕事を大切にしています。せっかく数あるデザイン会社の中から選んで頂いたのだから、最高のクリエイティブを提供し、よい意味でクライアントの期待を裏切りたい。その実現のために築いた活動母体が「クリエイティブ・コミュニティ」と呼ばれるものです。各種デザイナーやカメラマンなどおもにフリーで活躍しているクリエイターたちを集め、積極的なコラボレーションを展開します。国籍から職種まであ、らゆる垣根を飛び超えたアイデアが、必ずや満足のいく結果をもたらしてくれるでしょう。クリエイターにとっても様々なチャンスが広がり、まさに「一石三鳥」と呼ぶに相応しいスペシャルな取り組みだと自負しております。

なぜ、アメリカ野球の「ワールド・シリーズ」は国内だけの大会なのに、名称を変えないのでしょうか?しかし、メジャー・リーグには全世界から選りすぐりのプレイヤーたちが集結していますから、あながち矛盾してるともいえないでしょう。このマインドを踏襲すれば、我が日本を世界一のデザイン大国にするという、大きな野望を抱いてみてもいいのでは。近年は、すぐに海外に“答え”を求めがちです。本当に人々のココロに響くものをつくっていれば、自然に世界から注目されるはず。そんな求心的な才能を持った人物は、案外近くにいたりするのかもしれません。

スーツを着ていようが作業服を着ていようが、上司だろうが部下だろうが、ひとつのプロジェクトに関わった人たちは、みんな「仲間」です。だから、一人ひとりに敬意を払いたいし、「ありがとう」と言いたい。たとえば、プロジェクト終了時に全スタッフを集め、作業当時に撮りためておいたドキュメント映像を上映し、完成の喜びを共有する。スタッフロールにはもちろん、みんなの名前が登場します。もはや、「仕事」ではなく「作品」と呼んでしまっても過言ではないでしょう。それぐらい私たちは、「ヒト」を大事にしたいと考えているのです。